かつげんの拠り所

1992年生のしがない福祉系地方公務員のブログ

人生の教訓は、ありきたりな言葉にある。

Twitterでこんな話をしたので、ちょっと纏めてみたいと思う。

地方公務員7年目というのは、地方公務員の世界から見ればまだまだ「ペーペー」だ。しかし、今の職場は年下の後輩が多いため、先輩然とした振る舞いが求められている。

ときには、職業人生などについて質問や相談を受けることもある。その内容が、実は私自身も現在進行系で悩んでいることだったり、その質問者と同じぐらいの年齢のときに自分も悩みながら、しかし、いつしか忘れてしまったような悩みだったりする。

だから私は、その場でパッと質問に答えられず、何だかよくわからないことをモニョモニョ言って終わってしまう。

家に帰って「あのとき、どう答えればよかったのだろう」と考えた結果、「いろんな人に会って、いろんな経験をした方がいい」とか「いつまでも下っ端の気分でいるんじゃなくて、リーダーとしての振る舞いも考えたほうがいいよ」という、どこかで聞いたような、ありきたりな答えになってしまう。

その答えを後日、本人に伝えたところで、分かってるんだか分かってないんだか、釈然としない反応になるのは、目に見えて分かる。

おそらく、こういった質問の答えに対して客観的な正しさを求めると、教訓めいた話になってしまう。教訓めいた話に足りないのは、具体的な経験である。だから、仮に教訓めいた話をしたところで、本人がそういった経験をしないと、その言葉の意味は理解できないだろう。

では、どう答えればいいのだろう。答えだけ先にあたえて、あとは本人に経験が到来するのを待つしかないのか。

なんとなく思うのは、「あなたと同じように、実は私も悩んでいる/悩んでいた」ということを率直に話す方がよいのではないか?ということだ。つまり、そういった質問に対して「正しい答え」に重きをおいて話すのではなく、その答えに至るまでの自分の経験に重きをおいて話すことで、それを追体験させる。あるいは、むしろ自分でも答えが見つかっておらず悩んでいることを話す、という方法を採ったほうがよいのではないだろうか。

こういった質問に大事なのは、上から示すような「答え」ではなくて、質問者と同じ側から寄り添うような共感なのではないか。

まだこの方法で話したことはないから、効果はいかほどかは分からないが、これから試してみたいと思う。