バブル期からその崩壊期にかけて「ハコモノ行政」という言葉が批判的に使われるようになった。美術館や道路、空港などの建築物を、税金を用いて作るものの、その後の利用や運用を考慮しないまま、結局ムダになってしまう有り様のことを、このようにいう。
「ハコモノ行政」という言葉が広まってからは、こういった無駄遣いが可視化され、批判されることも多くなった。市民の目も厳しくなったせいか、いわゆる「ハコモノ行政」は減りつつあるように思う。
しかし、これは建築物を建てるようなハード面における「ハコモノ行政」が減っているだけで、「新たなハコモノ行政」が生まれつつあるのではないかとも思う。
私のいう「ハコモノ行政」とは、とりあえず外見だけを見繕い、その先の運用は考えないという「思考様式そのもの」を指す。
これまでのハコモノ行政は、建築物が建てられ、そこにお客さんが集まり、人間が働いているということが、実際に建築物として建てられているが故に可視化されやすい面があった。だからこそ「建ててみたはいいが、人が来ないじゃないか!」と批判もしやすい。
しかし、現在行われているハコモノ行政は、ハードからソフトに移行しつつある。
例えば、自治体で作る新たな会議や組織、役職。理念条例や協定なども、ソフト的な「ハコモノ」と言えるだろう。まずはそういった「ハコモノ」を作ることで、「意欲」をアピールする。実際に「作って」いるから、実績にもなる。
しかし、それがどのような結果を生むのか。そもそも、その結果をどのように測定するのか。こういった、ハコモノを作ったあとの視点は、欠如している。
最近は、こういったアピールのための政策が多い。世間が「DX」といえば、組織の名前を「DX課」に変えたり、「DX推進会議」を開く。世間が「SDGs」といえば、「SDGs課」を作ったり、「SDGs推進宣言」を作ったりする。
ニュースになって市民の関心が湧き、「なんだか新しいことをやってくれそう」という"気分"にはなる。しかしそれは気分なだけで、実際によくなるかは分からない。
市民の気を引くような政策、アピールできる政策が優先される。そしてアピールのために、手軽にハコモノを作る。