かつげんの拠り所

1992年生のしがない福祉系地方公務員のブログ

「意識しよう」という解決策

先日、職場の打ち合わせがあり、事務ミスが多いという話になった。その上司いわく「意識すれば、ミスは減るはず」とのこと。

他にも、その上司が気になっていた"問題"を次々取り上げられた。例えば「電話を取る人が偏っている」とか「離席するときは、周りの人に声をかけよう」などの問題が話された。ただ解決策は「普段から意識しよう」だった。

私は途中から聞く気がなくなってしまった。なぜなら、そもそも話されている"問題"は大した問題ではない。その上司が、話し合いのために準備した問題にしか聞こえなかった。事務ミスはさておき、小学校の先生が説教するような内容を、仕事を止めてまで話し合うのか?とイライラしていた。

さらに、そこで示される解決策が「意識しよう」しかないことに驚いた。そんなこと言って、意識が高まるわけがない。打ち合わせ後に一時的に高まることはあれど、しばらくして意識が低くなったら、また打ち合わせをするんだろうか。

どうもその上司は、本当に問題を解決したいというよりも、「職員に向けて説教したい」という欲求が強いように見えた。

 

さて、問題解決のためによく「意識」が持ち出される。「普段からミスのないように意識していこう」というように。

しかし、意識することは、基本的にその対象が普段とは異なっていたり、新しかったりするから起こる。ここでいう「意識」とは、正確に言えば「注意」だろう。だから「普段から意識する」というのは、構造的にほとんど無理である。もはや語義矛盾と言ってもいいだろう。

事務ミスを減らすには、「意識」に注目するのではなく、むしろその「慣れ方」に注目しなければならない。つまり「複雑なことをいかに意識せずに出来るようにするか」ということが重要になる。

そのような視点がなく「意識しよう」という掛け声だけでは、問題解決には程遠く、むしろミスは増えていくだろう。