かつげんの拠り所

1992年生のしがない例規系地方公務員のブログ

素人がチェルノブイリと福島に行ってきた(その3)

 この記事は、素人がチェルノブイリと福島に行ってきた(その2) - かつげんの拠り所の続きです。
 まだご覧になっていない方は、まずそちらを御覧ください。

 今回は、前回の最後にも申し上げましたが、旅行記というよりも感想になります。
 チェルノブイリに行った後に書いた文章ですが、ここに書いておきたいと思います。

壁と扉

 突然ですが、今からあなたに3つの質問をします。

1. あなたは、「チェルノブイリ」という言葉を知っていますか?
2. あなたは、「チェルノブイリ」という言葉にどのようなイメージを持っていますか。
3. あなたは、「チェルノブイリ」が現在、どこの国にあるか知っていますか?

 

 ツアーの約3週間後、今回の経験を発表する機会があった。この3つの質問は、その冒頭で聞いた質問だ。
 1と2の質問には多くの手が挙がったが、3の質問で挙がった手は、まばらだった。聴衆の1人を指名して3の質問の答えを聞いたところ、「ロシア…?」という答えが返ってきた。

 私たちは、「チェルノブイリ」という言葉を知っていて、その言葉に対して、「怖い」とか「危ない」というイメージを持っている。それなのに「チェルノブイリ」がある国を知らない。なんて理不尽で身勝手なイメージだろうか。
 とはいえ、私もこのツアーに参加するまで、チェルノブイリの場所を知らず、この理不尽で身勝手なイメージ以上のことを考えたことがなかった。だからこそ、私はこのツアーに参加しようと思った。

 私たちは、イメージがないと興味を持つことができない。そして、興味を持って前へ進むと、今度は壁が立ちはだかる。壁は私たちを阻む。そこで諦める者もいれば、さらに前へ進むために、この壁に反抗する者もいる。
 そういう意味で、イメージとは壁に投影された影だ。私は、この影を批判する気にはなれない。影がなければ、チェルノブイリを知ろうと思わなかったし、このツアーに参加することもなかっただろう。

 社会学者にゲオルグジンメルという人がいる。1858年生まれのドイツ系ユダヤ人で、社会学という学問が出現し始めた時代の人物である。彼は、堅苦しい論文ではなく、エッセイのような散文で自らの考えを語る。私は、彼の考えや文章が好きで、かじる程度ではあるが読んだことがある。
 彼は、自著の中でこんなことを言っている。

 「壁は沈黙しているが、扉は語っている」

 新石棺の壁、3号機と4号機を隔てる壁、原発の壁。それらは、技術的に見れば、私たちを放射能から守る壁だ。しかし一方で、人文的に見れば、私たちとチェルノブイリとのコミュニケーションを阻む壁である。
 その壁の向こう側を見たいと思うとき、私たちは壁をくりぬき、取手や蝶番を付け、扉を設置する必要がある。いや、それはむしろ転倒しているのかもしれない。沈黙する壁に隔てられているからこそ、私たちはその向こう側を知りたいと思う。壁にイメージが投影されることで、私たちの欲望は喚起され、その欲望が扉を設置させる。
 この欲望は、一方的で傲慢な欲望だ。ともすれば、壁の向こう側の平穏を壊してしまう。しかし、そのような一方的で、傲慢で、危険な欲望こそ、他者への跳躍のきっかけである。

 扉を設置し、私たちが観光をするたびに、その扉の向こう側は改変されてしまう。それは、今回のツアーの中で如実に現れていた。
 
 ミールヌイ氏が運営しているチェルノブイリ・ツアーは、商業化が進み、成形されたチェルノブイリを提供していた。ゾーンに入るゲートの前には、BGMの流れるお土産屋ができ、立派なロゴマークでデザインされたツアー用の車を、私たちは何度も見た。
 
 すでにチェルノブイリの事故を経験していない世代が誕生し、ツアーガイドの若返りも進んでいる。チェルノブイリの子供たちは、この改変されたチェルノブイリを経験していく。こうして、事故当時の経験は改変され、希釈され、やがて忘却されていく。事故を経験した者は、当然その忘却を予想する。そして彼ら自身も、その忘却に飲み込まれてしまう。改変され、希釈され、忘却されていく中で伝えることは、ひどく疲れる。嫌になる。諦めそうになる。それでも彼らは、彼ら自身の経験を伝え、残していこうとする。

 私たち観光客は、扉を設置することで、その向こう側を改変してしまうことを想像しなければならない。私たち観光客が、勝手に解釈することの暴力性を想像しなければならない。経験を伝える彼らの苦しみを想像しなければならない。そうした想像を経て、私たち観光客はその扉を開けることができる。そして、「私のお父さん、昔プリピャチに住んでいたんだよ!」と自慢げに友だちに話す子供を見たとき、事故を経験した者は、その苦しみから少し救われるのだと思う。

 私たち観光客は、傲慢に扉を開ける。しかし、扉を開けていくと、やがて扉を設置できない壁が立ちはだかる。それは、当事者性という壁だ。私たちは、必ずこの壁に阻まれる。
 しかし仮に、この壁の向こう側を知ることが出来たとしたら、おそらく観光は途絶えてしまうだろう。だから私たちは、壁があるということについて、敬意を払わなければならない。私たちは、やがて壁の向こう側を知ることが出来なくなるということについて、敬意を払わなければならない。その壁の存在によって初めて、私たちは観光客でいられるのだから。

 

 以上で、「素人がチェルノブイリと福島に行ってきた」のシリーズは終わりになります。
 ご興味のある方、行ってみたい方などいましたら気軽にご連絡ください。
 

「<売れる哲学書>のつくり方」と「ヘーゲル(再)入門ツアー」に行ってみた@東京堂ホール

「<売れる哲学書>のつくり方」と「ヘーゲル(再)入門ツアー」に行ってみた@東京堂ホール

 先週の日曜に、こちらのイベントに参加したので、感想を書いていきたいと思います。

ポピュラー哲学書の位置付けと読者目線

 まずは<売れる哲学書>の方から。

 今回のイベントで重要なのは、「ポピュラー哲学書」の位置付けとその機能のように思う。
 というのも、そのポピュラー化が、<売れる>ための努力の一つだからだ。

 ただ、あんまりその定義が明確でなかったように思った。

 もちろん、結局のところはグラデーションなのであって、明確に定義づけるというのは難しいのかもしれないが、例えば「自己啓発」と「ポピュラー哲学」は何が違うかとか、そういう目線から話を聞きたかった。

 ひとつの回答として「出版社によって分けられる」というのもあったが、正直読者にとってみれば、出版社はどこでも良いような気がする。ポピュラー哲学に興味をもつような購買層にとっては、出版社の差異は特に気にしていないのではないか。

 あと、装丁を工夫したものという回答もあったが、本当にそういうことでいいんだろうか。
 超訳ニーチェの言葉は、ポピュラー哲学書というより、自己啓発な気もするのだが。

 で、考えていて思ったのは、やっぱりこのイベントは「哲学者と編集者で考える」のであって、そこに「読者」が居なかったなと。終了後の名刺交換会を見ていても、「あ、私お呼びでなかった...?」という感じがちょっとした。

 プレゼンやお話の中での読者は、あくまでマスとして、数字として扱われていた。
 それは、昨今の状況によっては仕方のない部分だし、<売れる>ということは大事なのだから、理解できる。

 唯一(?)読者目線の発言があったのは、登壇者のうちの一人である酒井さんで、

 「高くても、内容が良ければ買うんですよ。問題は、内容の良い本がどれなのかが分からないこと。」

 と言っていた。会場内でもうなずく人が多かったのではないか。
 つまり登壇者の中には、読者目線の方が実はあまりいなくて(そしてそれは、実はタイトルで予告されていて)、出版社と執筆者の間で展開されていったという感じ。

 お話自体はとても面白かったのだけれど、どこか疎外感のあるような感じだった。

アカデミックな空気感

 第二に、前日にゲンロンカフェでイベントに参加したこともあるのだろうけど、全体的にかしこまった印象を受けた。
 一人ひとりパワポを用意して、時間通り話が終わるなんて、ゲンロンカフェではありえない。
 発表後のディスカッションについても、あらかじめ質問と回答がある程度決まっていた。

 もちろん、この形式がダメというわけではないのだが、もうちょっと引っ掻き回す人がいても良かったのではないかと思ったりする。予定調和な気がして、この場で何かが創造されているという印象はあまり受けなかった。

 会場の時間などもあるわけで、そこら辺は現実との兼ね合いもあるし、どっちが良い悪いという話でもないのだが。

質問の仕方について

 第三に、質疑応答の方法にちょっと驚いた。
 今回は、イベント中に質問フォームに書き込む&質疑応答の時間に挙手で行うという二刀流だったのだが、ちょっとどうかなーと思う。

 いろんなイベントに参加して思うが、確かに、何が言いたいのか分からない質問であったり、質問ではなくただの主張だったりすることが非常に多い。

 私が公務員1年目のときに教えてもらいたかったこと(その1) - かつげんの拠り所

 ここでも書いたけど、質問の仕方というのは重要で、それによって相手がどう答えるかも変わってくる。

 そういう意味で、事前に「フォームに書き込む」という形で自分の質問を整理させる(という意図があったかは分からないが)のは良いと思う。また、フォームに書き込むことで記録として残ることから、後日回答できるというメリットも有る。

 しかし、その方法を取るなら「誰か取り上げたい質問ありますか?」といった抽象的な投げかけではなく、「◯◯さん、気になる質問ありますか?」などと、登壇者を積極的に指名するべきだったし、それをやるなら挙手制は必要なかったように思う。

 正直「え、頑張って頭使って書いたのに、挙手もありかよ~~~」となったし、取り上げられないからといって挙手すると、単にアピールがウザい人になってしまう気がして、躊躇してしまった。

 この方式については、今回始めて導入したということだったので、今後また検討されることになるんだろうと思う。

 個人的には、普通に挙手制で良いのではないかと思っているし、質問がなかったら、登壇者同士で質問し合うのも良いと思う。多くても5問ぐらいしか出ないと思うし。

 

 最後に、質問とは関係ないのだけれど、稲岡さん(ちゃんと覚えています!)と酒井さんは、ゲンロンカフェに一回呼んで欲しいなーと思った次第。個人的な願望ですが。

ヘーゲルは難しい!

 続いて、ヘーゲル(再)入門ツアーについて。といっても、見出しでオチているようなもの。

 ヘーゲルという人物は、名前は知っているし、「現存在」と「アウフヘーベン」ぐらいは知っていたが、こんなに難しい文章を書く人物だとは思わなかった。

 川瀬さんが「分かんないですよね、こんなの」と言ってくれたのが、結構助かった。周りには猛者がたくさんいて、難読文もスラスラ読めてしまう人だらけだと思っていたから、ああいう形で相対化(ツッコミ)を入れてもらえると、安心する。

 一番面白かったのは、カントとのつながりでヘーゲルを捉えていたところ。

 ある哲学者を勉強する際に、その哲学者単独で勉強するのではなく、流れの中でまずは大ざっぱに捉えるということは、理解に繋がるのだなーと思った。

 また授業の仕方についても、哲学の授業において「周りの人と話し合ってみましょう」という授業はあまり聞かない。
 もちろん「哲学対話」や「哲学カフェ」という形もあるのだが、あれは対話すること自体を重視している取り組みで、答えがない。今回は、対話した上で答えがあるので、ちょっと異なる。

 ざっくりした感想としては、私はヘーゲルの前に、そもそもの哲学史を勉強すべきではないかと思ったので、図説・標準 哲学史を購入。まずは3冊ぐらい哲学史を読もうと思った。

雑感

 勢いで書くと批判的な感じなってしまっている。「振り返り」=「批判的に見る」という癖があるのだろうか。

 哲学漬けのこの土日だったが、とても有意義な時間だった。
 また勉強し始めないと。。。

 

『21世紀の戦争と平和』&『欲望会議』刊行記念イベントに行ってきた@ゲンロンカフェ

『21世紀の戦争と平和』&『欲望会議』刊行記念イベントに行ってきた@ゲンロンカフェ

 タイトルのとおりなのですが、行ってきました。

 土曜日は、チェルノブイリに一緒に行ったメンバーと飲んだのだが、そのあとゲンロンカフェで行われるイベントがあり、「一緒に来たら???」と誘われて突入した結果、当日券があって、参加できることに。
 翌日は10時から、別の哲学のイベントがあったのですが、結局23:30ぐらいまで続き、疲労困憊。
 別の哲学イベントの感想については、また後ほど。

 とりあえず感想などを書きます。

三浦さんと東さんのすれ違い

 今回の話の中で、徴兵制の話があった。

 本を読んでいないから詳しくは分からないが、徴兵制の教育的機能について議論が及んだ。
 議題としては、

 「徴兵制には、確かに市民教育的な効果があるとは思うが、はたしてその効果は徴兵制でないと果たせないか?」

 という感じだろう。
 つまり、他にも教育的機能のあるものはたくさんあるのに、なぜ徴兵制が特権化されているのだろうか。というのが東さんの問い。

 それに対して三浦さん(や、千葉さんも最初は乗っかっていたが)は、

 「暴力というのはこの世の中で一番強力なものであって、暴力をする側又はされる側の立場を教えることに意義がある」

 といった回答だった。
 しかし、これに対して東さんは

 「それは分かるけど、その論理を突き詰めると人を殺すしかなくなる。人を殺さないように教育すべきなのに、本末転倒では?」

 という返し。
 そこで三浦さんや千葉さんは、暴力の教育装置としての徴兵制論について主張しなくなる。
 ここまでは分かるのだが、その後から、三浦さんと東さんは噛み合わなくなる。

 三浦さんは、そこから自分の生い立ち(父親が自衛隊の教官だったとか、ご主人が外務省に勤めていたことであるとか)の話や、国際政治的観点の話をし始める。
 で、その答えに東さんは納得行かない。堂々巡り。という感じだった。

 そこでの噛み合わなさは、以下のようなことに起因するのではないかと、さっきお風呂に入りながら思い浮かんだ。

 東さんは、徴兵制の教育的機能にだけ絞って、教育的機能を担うのは徴兵制だけじゃないという論を張る。それはそれで分かる。

 しかし、三浦さんはそもそも徴兵制の導入を、教育的機能だけのために導入したわけではない。教育的機能は、徴兵制導入の一要素なのであって、国際政治関係や、徴兵制導入の非戦的効果など、様々な要素が複合的に絡んだ結果の徴兵制導入の主張だ。

 だから、そもそも三浦さんは、「教育的機能の観点から見た徴兵制の特権性」という東さんの限定された論点に乗らないほうが良かったのではないか。
 例えば「徴兵制に存在する教育的機能は、義務教育など様々なもので代替できるとは思う。ただ、徴兵制の導入はそれだけが目的ではない」と言えば良かったのではないか。そうすれば、東さんの言っていることも辻褄が合うし、三浦さんの言っていることも辻褄が合うはずだ。

千葉さんと東さんのすれ違い

 千葉さんと東さんとの間では、また異なるすれ違いがあった。

 東さんは、ゲンロン0 観光客の哲学の最後の方で、「家族」というキーワードを使って、これからの共同体観を述べている。
 一方、千葉さんは、この共同体観に対して反対するといった具合だ。

 まず聞きながら思ったのは、千葉さんがなにかと反対をすること。「徴兵制嫌だ!家族も嫌だ!」と言っているように聞こえた。否定をすることによって自分の立場を浮き彫りにするような、そんな態度に見えてしまった。
 だから質問をして、「『嫌だ』は分かるけど、それ以外の方法はなにか考えているのか」といった質問もした。

 そこでの千葉さんの回答としては「共同体とは別に存在する、共同体に包摂されない者の観点から、私は考えたい」といった内容だったと思う。

 ただ、そもそもそんな人はいるのだろうか。東さんが言っていたように、「人はひとりで生きてはいない」のではないか。

 つまり、東さんの話は、共同体の形式というよりも、そもそも「独身者(共同体に包摂されない者)は存在しないのではないか?」という批判だったと思う。
 だからそれに対して、「独身者の立場になって考える」という千葉さん応答は、「いや、その独身者がそもそも存在しないんだってば!」というツッコミが入ってしまう気がする。
 三浦さんもそこに気づいていて、「でも、千葉さんは帰省して家族と会ってたし、仲もいいんでしょ?」なんてことを言っていた。つまり「千葉さんは、そもそも独身者ではないんじゃない?」と。

 

 あと、フリーライダーについて少し。すれ違っているわけでもないけど。

 独身者 =フリーライダー
 共同体員=コストを支払う者 

 という分け方になんとなく聞こえてしまったのだけれど、以下のニュースを見て、ちょっと違うかもなーと思った。

 この報道に対してTwitter「この取組は、書店に対する図書館のフリーライダー性を強調してしまうのではないか」という批判を見た。
 確かになーとは思うのだけれど、そもそも図書館は税金で賄われているわけだから、その自治体の市民にとっては、順当な対価のようにも思える。

 つまり、フリーライダーとは相対的なものであって、例えばこの場合、書店に対してはフリーライダーだ(かもしれない)が、自治体に対しては正当なコスト(税金)を払っている者である。

 そう考えると、

 独身者 =フリーライダー 
 共同体員=コストを支払うもの

 という単純な図式は異なっていて、独身者でもちゃんとコストを支払っている場合もあるし、共同体員でも払っていない場合もある。ケースバイケース。

雑感

 初めて、勢いのままに記事を書いてみた。今までは何日もかけて推敲していたから、30分ぐらいで書いているのが信じられない。

 若干批判的に書いてしまっているのだが、これは後日振り返って書いているからそういう見方をしてしまっているだけだ。
イベント自体はとても面白かった。あと、クッションがあったけど、流石にお尻が痛かった。自前の座布団持っていこうかしら。

 明日は、哲学者と編集者で考える、<売れる哲学書>のつくり方 | Peatixヘーゲル(再)入門ツアー 2019 東京編 in東京 - パスマーケットについて書いてみようかと思う。

 率直に言って、今までは「ブログを書くのは楽しいけど、意味が伝わるように考え続けるのは辛い」という感じだったのだけれど、勢いで書くのはとても楽しい。

 そんなわけで、勢いのために誤解等あると思いますが、そこはご了承を。

素人がチェルノブイリと福島に行ってきた(その2)

 この記事は、素人がチェルノブイリと福島に行ってきた(その1) - かつげんの拠り所の続きです。
 まだ(その1)をご覧になっていない方は、まずそちらを御覧ください。

素人が福島第一原子力発電所に行ってきた

f:id:katsugen0331:20190303205025j:plain

f:id:katsugen0331:20190303205032j:plain福島県にある木戸駅前の看板と、モニタリングポスト。
東京ではモニタリングポストを見たことがなかったので、こういうものが日常的にあることにちょっと驚いた。

f:id:katsugen0331:20190303205043j:plain

f:id:katsugen0331:20190303205404j:plain結のはじまりという小料理屋。
女将の方は、事故を受けて東京から移住してきた方。他にも面白い方と話すことが出来てよかった。
もちろん料理も美味しい。おすすめです。

f:id:katsugen0331:20190303205511j:plain

f:id:katsugen0331:20190303205642j:plain泊まらせていただいた木戸の交民家

f:id:katsugen0331:20190303210555j:plain
朝の木戸駅。朝日が眩しい。

f:id:katsugen0331:20190303210033j:plain

f:id:katsugen0331:20190303210041j:plain朝になって周辺を歩くと、おそらく廃炉現場で使用されてた手袋などが、袋に入れた状態で保管されていた。

f:id:katsugen0331:20190303210259j:plain建設中の防波堤。

f:id:katsugen0331:20190303210406j:plain

f:id:katsugen0331:20190303210404j:plain防波堤からかなり歩いた場所で見つけた。
福島県津波よりも原発事故のイメージが強いが、当然津波に依る被害も受けていた。

ちなみに2枚目の右の方に、先ほど載せた木戸駅の階段があるのが分かる。
駅のすぐ側まで、津波は来ていたということだ。

f:id:katsugen0331:20190303215354j:plain

f:id:katsugen0331:20190303215415j:plain

f:id:katsugen0331:20190303215423j:plainこれらの写真は、東京電力が撮った写真。
原発に行くまでの帰還困難区域内での写真だ。

個人的には、原発内部よりもこの光景のほうがショックだった。

f:id:katsugen0331:20190303215716j:plain

f:id:katsugen0331:20190303215734j:plain

f:id:katsugen0331:20190303215744j:plain

f:id:katsugen0331:20190303215756j:plain

f:id:katsugen0331:20190303215759j:plain

f:id:katsugen0331:20190303215821j:plain

f:id:katsugen0331:20190303215906j:plain
いよいよ、原発構内の写真。これらも東電が撮影したものだ。

最後の写真は、2号炉と3号炉の間を通ったときのもの。
バスの中とはいえ、一般人でもここまで近づくことが出来る。ちなみに、放射線量的にはバスを降りることも出来るが、視察者管理の問題があるので、現在は、バスの中からでしか見学することが出来ない。

f:id:katsugen0331:20190303220456j:plain

f:id:katsugen0331:20190303220620j:plain

f:id:katsugen0331:20190303220624j:plain

f:id:katsugen0331:20190303220654j:plain新しく出来た、廃炉資料館。

訪れた際に、最初に映像を見せられたのだが、冒頭から「ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」という謝罪があった。
質疑応答のときにも触れたのだが、こういう施設で謝罪をするというのを聞いたことがなく、違和感を覚えた。

これは、事故の加害者側がこのような施設を作ったことに起因する。通常、第三者的な立場の団体が設立するものだから、謝罪することはないのだ。
そういう意味では、とてもいびつな施設だと感じた。

雑記

 ということで、2篇に渡って旅行記を書いてみた。
 実は福島の後に仙台にも行ったのだが、主題とは異なってしまうので省略。ただ、荒浜小学校はとてもよかった。

 その3では、チェルノブイリにいった際に書いた文章を載せたいと思う。

2019年03月07日のニュース

  日に日に激しくなりゆく残業。
 でも、このブログは毎日続けたいです。

 というわけで、今日のニュース 

今日のニュース

埼玉・川越市議会、ハラスメント根絶条例可決(産経新聞) - Yahoo!ニュース
素晴らしい。ちゃんと実効性のある条例のようで、よかった。

「ミネラルウオーター税」創設提言 山梨県議会(1/2ページ) - 産経ニュース
「山梨だから」なんですかねぇ~

非常勤職員の労災請求、全自治体が対応明記へ 総務省調査で明らかに(毎日新聞) - Yahoo!ニュース
良かった。うちも改正するのかな。

5月1日の改元控え 情報システム改修の説明会 大阪 | NHKニュース
トラブルなく迎えられればよいのですが。。。

国内景気 すでに後退局面の可能性 景気動向指数3か月連続悪化 | NHKニュース
「失われた20年」がもろ被りの私。

世耕経産相、データ流通ルール「日本が主導」 参院予算委(産経新聞) - Yahoo!ニュース
できればよいのですが、DL違法化や警察の動きを見ていると、本当に出来るのかと心配になります。

停電時に在宅患者へ発電機を届ける取り組み開始へ 北海道 | NHKニュース
素晴らしい取り組み。北海道だと、届けるのに時間がかかりそうな気もしますけど。。。

6割の人が今も心身への影響 東日本大震災 被災者アンケート | NHKニュース
知り合いをなくして、住む場所も変わってとなったらそうですよね。

かつげんニュース

朝日新聞「平成の30冊」を発表 1位「1Q84」 2位「わたしを離さないで」 3位「告白」|好書好日
5冊ぐらいしか読んだことなかった。1Q84も読んだこと無いんですよ。。。

News Up いじめられる理由を教えてください | NHKニュース
う~ん、、つらいなぁ。

ジャンクフードを食べても、なぜかお腹いっぱいにならない。それには理由があった | ハフポスト
私も気をつけよ。。。

透析中止の女性、死の前日に「撤回したいな」 SOSか、夫にスマホでメールも - 毎日新聞
これも難しいニュース。

民間初、月面着陸に挑戦 - イスラエルの月探査機が打ち上げに成功 (1) 月探査機「ベレシート」は、民間月探査の「創世記」となるか? | マイナビニュース
月行ってみたいな~~~

雑記

 さすがに、3月は忙しいですね。来週にはおそらく人事異動の発表があると思います。

 私も対象のひとりなので、ちょっと緊張しています。まぁ、どこに行っても、目の前の仕事をしっかりやるのが一番です。異動先を私が決めるわけでもないわけですから、コツコツやっていきましょう。