かつげんの拠り所

1992年生のしがない福祉系地方公務員のブログ

病名で人を見ること

生活保護を受けている人の中には、様々な病気や障害を抱えている人がいる。
昨今話題の統合失調症の人も、これまで何人も会ってきた。 

一番強烈に覚えているのは、精神病院である患者さんと話をしているときだった。

その面談室は、簡易的な個室になっていて、中で何が行われているかが分かるように、アクリルで囲われていた。患者さんと話している途中で「バンッ!バンバンッ!」と音がした。振り返ると、私たちを部屋の外から見ていた他の患者が、中を覗き込むように、顔をアクリルの壁に目いっぱい押し付けながら、アクリルを叩いていた。

当時は、精神病院なんて行ったこともなかったから「これはとんでもない所に来てしまったな…」と恐怖でいっぱいだった。

今では、あの行動が部屋の中で行われていることへの興味を示していたのだろうと理解できる。部屋の外から見ていた患者から見れば、私は“部外者”であって「知らないやつが突然来て、なんかやってる」と思うのはふつうのコトだ。ただそう思ったあとに取る行動が、我々とちょっと違うだけで。

これまで会った統合失調症の方の中には、暴れてしまう人もいれば、ひたすら念仏を唱えるような人もいる。例えば「この人は統合失調症なんです」と言われても分からないぐらい、普通に生活している人もいる。

また同じ人であっても、時期によって波があったり、服薬を忘れると変な行動をとってしまう人などもいる。
だから「統合失調症だ」と言っても、本当に人それぞれである。

 

「人それぞれ」という考え方を、これまた最近話題になりやすい、大人の発達障害を例にして考えてみたい。

社会とうまく関われないことに悩み、医者に診てもらった結果「あなたは発達障害です」と診断されたとしよう。もちろん服薬などで改善する場合は大いにあるが、しかし一番の問題は「発達障害かどうか」ではなく「自分が社会の中でどう生きていくのか」ということに他ならない。発達障害が社会で生き抜いていくための本が、近頃よく出版されるのは、このような考えが広く及んでいることの象徴だろう。

 

では「人それぞれだから、オーダーメイドな福祉を!」と言えばいいかというと、話はそう単純ではない。

「人それぞれだ」という考え方は「この人は疾患や障害を抱えている」という部分を切り落として、ただ表面に出てくる行動だけを考えてしまうことに繋がりかねない。
「障害を持っていようと、あいつはちゃんとやってるじゃないか。お前もちゃんとやれ」ということになってしまう。しかしこれでは、疾患や障害の意味がない。

 

医師の診断があるということは、どういうことか。それは、診断によってその人を理解するツールや使える制度が増えるということだと思う。

しかし、統合失調症という診断だけでは、当然その人自体を理解することにはならない。「この人は統合失調症だから、こうに違いない」という発想はおかしい。ケースワーカーでよくあるのは「統合失調症だから、この人は就労能力がない」という思い込みだ。こういう思い込みによって、その人の可能性が閉ざされてしまうことも多くあるだろう。

医師の診断した疾病や障害から分かるのは、あくまで「統合失調症の人はこうなりやすい」という平均値を取っているに過ぎない。だから、その平均値を参考にしながら、その人自体がどういう人なのかを理解しようとしなければならない。

 

統合失調症の悪質なステレオタイプを取り除かなければならないことについては、私もそう思う。しかし「偏見を取り除いた先に“本当の統合失調症”があるのか?」と言われると、それもまた違う気がする。

細かく見れば一人ひとりの症状は異なっているのに、ある特定の疾患として診断される。またその診断の基準自体も、更新されていく。そういう意味で、疾患や障害を診断するということ自体が、ある種のフィクションを含んでいる。

つまり私たちは、フィクションを出来るだけ排除して「人それぞれだよね」と個別的に理解しなければいけない一方で、このような大ざっぱなフィクションを通さないと、その人を理解することが出来ない。このバランスを崩してしまうと、その人を何も理解できないか、逆に、そのフィクションがその人の全てを覆ってしまうことになる。

 

要は、個別化と抽象化の出し入れ、理論と実践のバランスということなのだが、しかし「要は」と言えるほど簡単なものでもない。
その往復を絶えずやっていくことでしか、その人自体の理解に近づくことは出来ない。逆に、途中で「こいつはこういうやつだ」と決めつけてしまえば、それでお終いなのだと思う。

実際決めつけて、それでお終いにしてしまう人も、周りには結構いる。でも、この往復の中で面白いことに気づくときもある。経験値というのは、単に経験することではなく、こういう往復を経ないと経験値にはならない。

 最近の統合失調症の話題を見て、私の周りにもそういうステレオタイプな人が多いなと思ったので書いた。ステレオタイプを持っている人こそ、何も知らないし、知ろうとしない。