かつげんの拠り所

1992年生のしがない福祉系地方公務員のブログ

お年寄りは、なぜ「死ぬのは怖くない」と言うのか

生活保護の仕事では、かなりの頻度で高齢者と会って話をする。今は難しいが、コロナ以前は世間話もしていた。その中で気になったのが「俺ももう長くないから」とか「もう死んだほうがいいね」と話す人が、かなりの数で存在するということだ。

私は死ぬのが怖いし嫌なので、そういう死に関する発言をすること自体も、避ける傾向にある。しかし高齢者の少なからぬ人たちは、むしろ積極的にそういう話をしたがる。「死ぬのが怖くないんですか?」と聞けるわけはないので、本心は分からないが、死に対する恐怖が私より少ないことは想像できる。

こういう話を聞くたびに「なんで高齢者は死が怖くないのだろう?」と不思議な気持ちになる。よく言われるのは「歳をとったら、死が怖くなくなる」という話。たしかにそういう傾向はあると思うが、「この私=かつげん」について同じことが言えるかは分からない。私からみれば、「死は救い」とか「信じる者は救われる」というタイプの話にしか聞こえないのだ。

しかし、最近なんとなく「歳をとったら、死が怖くなくなる」という理由が分かるような気がしてきた。というのも、彼らは「死ぬのが怖い」のではなく、「自分の身体が動かなくなるのが怖い」のではないか?と思ったのだ。

老化とは、以前は出来ていたことが出来なくなっていくことである。ピークをすぎれば、生きれば生きるほど「あれも出来なくなった。これも出来なくなった。」ということを実感することになる。老化と向き合うことは、かなり辛いことなのだろう。
このように、高齢者が「死は(老化からの)救いなのだ」と考えていても不思議ではない。

翻って自分のことを考えてみると、私のような若い人は「現在の自分」と「死」を直接的に結びつけやすく、その間に「老化」という現象があることが抜け落ちやすい。だから、なんでも出来る現在の自分が、突如「死ぬこと」によって出来なくなってしまうことに恐怖を覚える。

しかし、実際には「死ぬこと」はもっとゆるやかな現象なのかもしれない。むしろ私たちは「常に死にゆく存在」なのだと言えるだろう。もちろん病気や事故で、突如不幸が起こることもあるだろうが、多くの場合は、老化する自分を実感することになる。

若い人は、老化を忘れがちである。それを思い出すことで、もしかしたら死の恐怖は和らいでいくかもしれない。

いや、その代わりに老化を恐れるようになるのかもしれない。